
今は世界中から客が訪れる大観光地だが、当時は寂れ果てた哀愁漂う街だった。特に函館山山麓の西部地区は何度も大火にあった函館の中でも、かろうじて火災から逃れた一帯で、ここには古い函館がそっくり残っていた。
ここを中心に撮影を進めた。建物の中のカットはどうしても欲しい。東京の大学生だが、建築の勉強で家の中を見せて欲しいとお願いすると、みなさん快く招いてくれた。
この数日間は不思議なことが起こった。小手先の技術で乗り切ろうと思っていた私だったが、いつもと物の見え方が違うのだ。従来、頭の中で考えて撮っていた写真だったが、向こうから「ここ撮れ」とサインが送られてくる感覚だ。余計なことを考えず、無心になっていると、次々と幸運が訪れた。自分でも驚きながら、やって来る映像を遠慮なくいただいた。
この時、写真の持つ神秘をほんの少し垣間見た思いがした。
東京に戻り先生に写真を見てもらうと、お前何かあったのかという目で、私をご覧になる様子がちょっと得意だった。