朝、ベッドの上段で目覚めると、下ではすでに酒盛りが始まっていた。巨漢氏がヤクザ氏に、酒を勧めている。「もう飲めない」と言いながらも、ヤクザ氏は一息で飲み干すと、そのままシートに寝込んでしまった。
社交的な巨漢氏は、昨夜は、酒瓶を持って、あちこちのコンパートメントを訪問していたらしい。「今日はちょっと辛いな」と言いながらも、朝の10時には、1瓶が空になった。そしてまたどこかへ出かけて行った。
巨漢氏によると、ヤクザ氏は俳優なのだという。独特の渋いダミ声で分かったそうだ。そういえば、よく他のコンパートメントから人が来て、彼に声をかけて行くのだった。
アフリカの母国で、婚約者が帰りを待っているという留学生の黒人青年は、こんな私たちの蛮行を終始穏やかに見守っていた。
夕方のモスクワ到着の1時間前、巨漢氏が戻って来た。「ここで出会ったのも何かの縁だ。友情の証に!」とまたウォッカの瓶が。それもまもなく空になった。彼のボストンバッグを覗くと、モスクワで飲むと言っていた酒瓶は、ほとんどなくなっていた。