
ピンチに陥った時、普段眠っている身体中の細胞が一気に目覚め、思いもかけぬ力が出る事がある。「一旦帰国」の決断も早かった。
あいにく帰りの航空券もカメラバッグと一緒に盗られてしまった。金曜の夕方、閉店間際の旅行代理店に次々と飛び込み、なるべく安く、早く帰れるチケットを探した。状況を説明したら「そんな気の毒な話は聞いたことがない」と同情され、一所懸命帰国便を探してくれた。そう安くはなかったが翌日のルフトハンザで手を打った。
その時自分を突き動かしていたのは、冬の撮影を今シーズン中に成就させ、写真集を完成させたいという一念だけだった。
日本に戻りビザを取りにルーマニア大使館に行ったら「また来たのか」と言われたので、事情を説明した。「あの駅は危ないのだ」と言われたが今更なあ。
カメラは新品など買えるはずもなく、中古で何とか2台揃え、ブカレストに戻れたのは3週間後。2月中旬になっていた。陽射しは春めいていたが、雪景色は素晴らしかった。結局この旅は様々な幸運にも恵まれ、写真集も無事完成した。