1991年のカンボジアは、内戦は終わったものの、まだ観光というにはほど遠い状況だった。落ち延びたポル・ポト派が砦としたアンコール遺跡群は、石組みも崩れ、首をはねられた仏像が転がっている姿には胸が痛んだ。地雷もまだ多数残っているのだという。観光客はなく、遠巻きに地元の子供たちが私を眺めているだけだ。廃墟のような景色に佇んでいると、人間の凄さ、愚かさ、悲しみが立ちのぼって来る。
アンコールの寺院は、元々はヒンズー教だったが、12世紀に仏教寺院への改宗があり、その後も王が変わるたびに、歴史の波に翻弄されてきた。2001年にはバンテアイ・クデイ遺跡の地中から、800年の眠りから覚めた274体の廃仏が発見され話題になった。
有名なアンコールワット遺跡の周辺には、王が変わるたびに様々な寺院が建立され、北東に位置するプレループ遺跡も、そのうちの一つだ。虚空を見上げる獅子は、何百年もの間、ここで繰り広げられた人々の営みに寄り添ってきた。今は多くの観光客を魅了している。(公明新聞7月29日付掲載)