20代の頃、懇意にしていたギャラリーのオーナーに「これいいよ」とウイスキーを勧められた。それまで飲んだ物とは、かけ離れた味の複雑さとうまさに、一度で虜になった。今はどこでも売っている、スコットランドのシングルモルトウイスキーとの出会いだ。その後、ウイスキーの蒸留所の取材で、彼の地を度々踏むことができたのは僥倖だった。
スペイサイドは知る人ぞ知るウイスキーの聖地だ。スコットランド北東部に位置するスペイ川の流域には約50の蒸留所が集まっていて、それぞれが個性的な酒を作っている。
シングルモルトは樽から出した原酒を、そのまま瓶詰めしている訳ではない。寝かせる年月はもちろん、樽の材質、シェリー樽かバーボン樽か、などによって一樽ごとに全て味が違う。それぞれの樽の仕上がりを吟味し、原酒同士をブレンドして、あの複雑な味ができるというわけだ。
朝の川岸に、鮭釣りの男たちがいた。冷たい水に入る前に、ストレートのシングルモルトで体を温め、世間話に花が咲く。釣果は二の次らしい。(公明新聞5月20日付掲載)