先史時代の巨石文明の足跡が見たくて、スコットランド、アイルランドを旅した。何でもない普通の牧草地に、何らかの目的で、人為的に作られた巨石がそびえ立つ姿には、心がざわめく感動があった。
その後ご縁があり、アイルランドには何度も足を運ぶことになった。国土のほとんどが牧草地といってもいいような緑の島だ。高緯度の割には、偏西風の影響で気温が下がらない。しかし西海岸は全く違った表情を見せる。ここは人を拒むような荒々しい海岸が広がり、草も生えない泥炭地も多い。
島の北部ドニゴール州で、男が一人黙々とピート(泥炭)を掘っていた。これは太古からの植物の堆積物で、乾燥させると燃料として使うこともできる。ウイスキーの製造過程では、麦芽の乾燥時に使い、あの独特のスモーキーフレーバーを生む重要な役割を果たしている。
「写真撮ってもいい?」と聞いたら、アゴを上げ、いいよの合図。男は無駄口もきかず、手を休めることもなく黙々と作業を続けた。ジョン・フォード監督の世界そのものだ。(公明新聞3月18日付掲載)