「桃源郷」という言葉が、これほど相応しい所はない。フンザはパキスタンの北部。周りをインド、中国、アフガニスタンに囲まれる東西交通の要所だ。7000メートル級の山々の懐に抱かれるように、小さな村が点在する。約40年前までは、藩王が統治する独立国だった。
世界が狭くなった今も、フンザへの道のりは険しい。近くの町まで飛行機もあるが、天候不良で飛ばないことも多く、ほとんどの人は、首都イスラマバードから、陸路カラコルムハイウェイを丸2日間かけて走ることになる。ゴツゴツとした殺風景な岩肌を、車窓から見続けたあと現れる、美しい段々畑や木々の緑。いにしえの旅人たちは、どんな思いで眺めたのだろう。
私は春と秋に訪れている。実り豊かな収穫の秋も素晴らしいが、何といっても、杏の花が咲き、村が薄桃色に包まれる春はまた格別だ。電気が来るまでは、杏の種から抽出する油が貴重なランプの燃料だった。また実は乾燥して保存食となる。時おり遠くの山々からドーンという雪崩の音が聞こえてくる。(公明新聞 7月30日付掲載)