世界の路地裏 13 秋田・横手市
f0143469_16384724.jpg
幼稚園の頃、入院したことがあった。仕事で忙しい両親に代わり、山形県の祖母が付き添いのため、わざわざ札幌に来てくれた。明治生まれの祖母の方言は、ほとんど外国語のよう。病室の他の家族に話しかけても、通じないことがよくあった。いつのまにか庄内弁を習得した私は、通訳を買って出て、みんなが喜ぶ顔を得意になって眺めていたものだ。

両親が東北人のせいか、北海道生まれの私も、東北地方に来ると、なぜかホットするような不思議な安堵感に包まれる。東北には藁などで作られた、人形道祖神が今も数多く残っていて、中でも秋田県は群を抜いて多い。

土地によって「鹿島様」「ショウキ様」「仁王様」などと呼ばれ、3メートルを超えるものもある。集落の境に置かれ、悪霊や疫病の侵入を防ぐと信じられ、毎年作り直されるそうだ。写真は横手市大森町の人形道祖神。どこかユーモラスで、悪霊も笑ってしましそう。いつまでも残って欲しい習俗だ。
一方、地方の美しい言葉が、だんだん標準語に溶け込んで来るのは、ちょっと寂しい。(公明新聞9月17日付掲載)


[PR]
# by saito-r | 2017-09-21 17:03
世界の路地裏 12 インドネシア・ブトン島
f0143469_08200040.jpg
これも路地裏と言っていいのだろう。この人たちにとって、海上はまさに通り道。
ここはインドネシアのブトン島沿岸、海の民バジャウの人々が暮らす海上集落だ。
彼らの生活はいたってシンプルだ。ここで魚を捕り、それを食べ、またある時は、
それを売って現金収入とする。
洗濯、水浴、排泄すべて海上で行われる。海水で洗濯して気持ち悪くないのか?
トイレはどんな風にするのか?疑問は尽きないが、みなさんの想像にお任せしよう。

彼らのような暮らしをしている人々は、ここインドネシアの他にも、フィリピン、マレーシアなどの海岸沿いに100万人以上いると言われている。元々は漁撈をしながら、島から島を漂白していたが、次第に定住しコミュニティを作っていったようだ。

家の中に上げてもらった。床は竹で組まれていて、海上から爽やかな風が吹き上げてきて心地よい。もちろん蚊もやってこない。部屋には唯一、調理用の小さなかまどがあるだけ。物を持たず笑顔で暮らす人々の何と潔いこと。(公明新聞9月3日付掲載)

[PR]
# by saito-r | 2017-09-07 08:47
世界の路地裏 11 セルビア・ベオグラード
f0143469_18095801.jpg
ユーゴスラビアという国があった。5つの民族が様々な問題を抱えながらも、チトー大統領という強いカリスマの下、一つの国としてまとまっていた。
そのチトーも1980年に亡くなり、1989年のベルリンの壁崩壊という世界の流れの中、ユーゴスラビアでも民族間の紛争が勃発した。

その後、内戦は泥沼化し、かつての隣人同士がお互いに向かって銃を撃ち合うニュース映像は、世界に衝撃を与えた。
紛争も沈静化した1998年、かつてのユーゴスラビア、現セルビアの首都、ベオグラードを訪れた。街は落ち着きを取り戻していた。この後、分離独立したボスニア・ヘルツェゴビア、クロアチア、スロベニアなどを回ろうと思っていた。

あるレストランの店先で、ロマの楽団の演奏に合わせ、腰を振って踊る酔っぱらいの姿があった。平和になった喜びというより、未来への不安を、刹那的にごまかしているようにも見えた。そしてその不安どおり、翌年このベオグラードへのNATO軍の空爆が始まった。(公明新聞8月20日付掲載)

[PR]
# by saito-r | 2017-08-24 18:33
世界の路地裏10 ベトナム・ダナン
f0143469_17505296.jpg
ベトナムは南北約1650キロ。ダナンはちょうど中間あたりに位置する、人口約100万人の大都市だ。
経済成長を遂げるベトナムは、市場、商店など、どこも女性が元気に働いていて、その勢いに圧倒される。男性の影が薄いと思うのは私だけだろうか。

写真を撮りながら街を歩いていると、数名の若い女性に取り囲まれた。「どこから来たの」「何をしているの」と矢継ぎ早の質問が終わると、「私たちの生活を見ていって」と彼女たちの寮に連れて行かれた。

彼女たちは、地方から出てきて、ここで暮らす大学生。部屋は2段ベッドが、5つほど並んでいるだけの簡素なものだ。そのベッド内の空間が各々のプライベートスペースでもある。机などは特になく、勉強もそこでするのだという。みんなアルバイトをしながら、質素倹約の生活を送っているが、未来への夢でいっぱいだ。

「写真を撮って」とあちこち引き回され、別れ際「必ず送ってよ」と念を押された。ここにもまた、あのたくましいベトナム女性たちがいた。(公明新聞8月6日付掲載)

[PR]
# by saito-r | 2017-08-09 18:13
世界の路地裏 9 パキスタン・フンザ
f0143469_17123415.jpg
「桃源郷」という言葉が、これほど相応しい所はない。フンザはパキスタンの北部。周りをインド、中国、アフガニスタンに囲まれる東西交通の要所だ。7000メートル級の山々の懐に抱かれるように、小さな村が点在する。約40年前までは、藩王が統治する独立国だった。

世界が狭くなった今も、フンザへの道のりは険しい。近くの町まで飛行機もあるが、天候不良で飛ばないことも多く、ほとんどの人は、首都イスラマバードから、陸路カラコルムハイウェイを丸2日間かけて走ることになる。ゴツゴツとした殺風景な岩肌を、車窓から見続けたあと現れる、美しい段々畑や木々の緑。いにしえの旅人たちは、どんな思いで眺めたのだろう。

私は春と秋に訪れている。実り豊かな収穫の秋も素晴らしいが、何といっても、杏の花が咲き、村が薄桃色に包まれる春はまた格別だ。電気が来るまでは、杏の種から抽出する油が貴重なランプの燃料だった。また実は乾燥して保存食となる。時おり遠くの山々からドーンという雪崩の音が聞こえてくる。(公明新聞 7月30日付掲載)

[PR]
# by saito-r | 2017-08-02 17:35



Column & Information
by saito-r
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
齋藤亮一オフィシャルサイト
お気に入りブログ
Photographer...
Photographer...
以前の記事
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 07月
2007年 06月
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧