世界の路地裏 22 スペイン・アンダルシア州
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20代の半ばに、憧れのスペイン一周の旅を決行した。まずは80キロ以上出すとエンストしてしまう、超安値の中古車を入手。車中に寝泊まりして旅費を節約し、スペイン中の美しい街を、全部見てやろうという無謀。若気の至りだ。

スペインの街はもともと、城塞都市として発達したところも多く、地形をうまく利用した街並みは、どこも個性的で、新しい街に着く度、ため息が出た。
スペインの南に位置するアンダルシア州は、北アフリカも目と鼻の先。かつてイスラムに侵略された歴史もあり、その時代の建築物も数多く残っている。独特の文化の香りが、撮影意欲を掻き立てる。有名なフラメンコも元々この土地のものだ。分離独立運動が起きた、バルセロナのあるカタルーニャ州とは別の国と言ってもいいほどだ。ヨーロッパ文化の多様性を実感する。

ここアルコス・デ・ラ・フロンテーラモ、アンダルシアの宝石とも言える街のひとつ。丘の上の旧市街を歩くと、ご覧のような細い路地が次々と現れ、さてどちらに進もうか、と悩むのも旅の楽しみだ。(公明新聞1月21日付掲載)

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# by saito-r | 2018-01-27 18:17
世界の路地裏 21 ハワイ・カウアイ島
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ハワイと言っても8つの大きな島と多くの小島からなり、様々な表情がある。ショッピングセンターの林立するホノルルは、ハワイの一面に過ぎない。ここカウアイ島はホノルルのあるオアフ島から一つ西の島。ワイキキビーチの喧騒がウソのように静かだ。先住民の主食だったタロイモの水田が広がり、森には精霊が住んでいそうな神秘が漂っている。ハワイの原風景とは、こんな感じではなかったのか。

島の北、ハナレイという町のショッピングセンターに立ち寄ったら、ちょうど子供たちのフラダンスショーが開かれていた。初めは冷やかし半分で眺めていたが、次第にその踊りの持つ神聖さに、魅了されてしまった。
不明を恥じる。そもそもフラは観光用のダンスなどではなく、ハワイアンの魂と呼んでもいい踊りなのだ。

南の島なのに湿気は少なく、昼間は暑くなっても、夕方には涼しい風が吹く。こんな「世界一」の気候で、フラを眺めながら、遠いハワイ王国の幻影に思いを馳せた。(公明新聞1月7日付掲載)



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# by saito-r | 2018-01-11 08:58
2018年もよろしくお願いいたします。
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新年あけましておめでとうございます。
このサイトも気がつけば11年目に突入しました。何事も続けることが大事と、あまりがんばらずノラリクラリと更新しています。昔話が多くなってきたのも、年相応とご笑覧ください。そういえば最近、古い友人や仲間から、「定年を迎えます」の話題がチラホラと舞い込むようになりました。そういうことなんですね。
今年もどうぞのんびりとおつき合いください。
本年もみなさまのご健康とご多幸をお祈りしています。

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# by saito-r | 2018-01-05 10:03
世界の路地裏 20 ドイツ・エアフルト
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1989年のベルリンの壁崩壊は、世界に衝撃を与えた。その半年後、変革の現場が見たくて、旧東ドイツから東ヨーロッパの国々を、車で回った。

壁がなくなった後の旧東ベルリンは、西から人や車がどっと流れ込み、街の空気は一変していた。一方、地方にはかつての街の匂いが、今も色濃く残っていた。もう秘密警察のシュタージにビクビクすることもなく写真が撮れる。

エアフルトという街を訪れた時だ。同世代の青年と街中で親しくなり、「今夜はうちに泊まっていけ」という。初対面の人間に、こんなことを言うことに驚いたが、好奇心もありついて行った。家には小さな少年と奥さんがいて、温かい歓待を受けた。夜は「部屋が少ないから」と、少年と同じ部屋で眠り、朝は「ゆっくりしていけ」と言い残し、彼は仕事に出て行った。

旧東ヨーロッパでは、このような親切を方々で受けた。競争力で西に負け、社会主義国は消えていったが、競争社会では少なくなった、温かい助け合いの心があったことも、書いておきたかった。(公明新聞12月17日付掲載)


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# by saito-r | 2017-12-19 17:06
世界の路地裏 19 旧東ドイツ・東ベルリン
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東西ドイツがまだ分断されていた1988年、ベルリンの壁を見に西ベルリンに入った。ここは東ドイツの中にぽつんと取り残された陸の孤島で、そこを取り囲んでいたのが、ベルリンの壁だ。この壁を感慨深く眺めた後、ここまで来たのだから、東ベルリンにも行ってみようと思い立った。西ベルリンから東ベルリンまでは列車で一駅。日帰りなら駅でビザを発行してくれる。

列車を降りて東の街に立った時の衝撃は、生涯忘れない。東京のように物に溢れた西の街から、わずか数百メートルの壁の向こうは、まるで時が止まったような空間だった。日曜のせいもあるが、街には人通りも少なく、路上駐車の車の行列もない。賑やかな看板もショーウインドーもない鉛色の街だ。
4月とはいえ、あまりの寒さにカフェに飛び込んだ。朝からコニャックを飲んでいる若者たちが、用心深く近づいて来て、この国の閉塞感と、当時新風を吹き込んでいた旧ソ連のゴルバチョフ書記長に対する期待を語った。

まさか翌年ベルリンの壁が壊れるとは、一体誰が思っただろう。
(公明新聞12月3日付掲載)


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# by saito-r | 2017-12-06 11:00



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